函館の歴史と祭事ガイダンス
建物の歴史・誕生
函館は,三方を海に囲まれ,かつ強風の日が多いことが災いし,明治以来100戸以上を消失する大火が幾度となく起こりました。
こうした中,この建物は,大正12(1923)年に,丸井今井呉服店函館支店として,耐震耐火性に優れた鉄筋コンクリート構造により,当初3階建で建築されました。
外観は,洋風を基調とした「復興式」といわれる建築様式を採用し,交差点に面した角を円形に,その屋上はドーム型の展望室が設けられていました。
また,当時の店内には,全館に蒸気暖房(スチーム)が備えられ,さらに屋上には,庭園も設けられていました。
建物の歴史・隆盛と復興
大正時代の半ばの函館は,北洋漁業の基地として飛躍的に発展し,昭和初期には,人口も20万人を超え,東北以北最大の都市に成長しました。
昭和5(1930)年には,営業面積を拡大する必要から,既存部分に4階を増築,さらに隣接して5階建が増築されました。
なお,建物奥の塔屋部分のエレベーターと大階段は,この時設けられたものです。
昭和9(1934)年3月の大火によって,建物は全焼しますが,各階の床を補強するため,柱と柱を対角線に結ぶ交差梁の追加などの改修が敢行され,同年11月には早くも営業が再開するという驚異的な復興を果たしています。
その後,昭和44(1969)年までは百貨店として,さらに昭和45(1970)年から平成14(2002)年までは,市の分庁舎として使用されてきました。
建物の歴史・再生
平成元(1989)年に,その特徴的な外観から,市の「景観形成指定建築物等」に指定されました。
その後,建物の老朽化による安全性の問題から,平成17(2005)年から平成19(2007)年にかけて「外観の保全」と「安全性の確保」の両立を図るための改修を行いました。
外観の意匠は,創建時の3階建に忠実に復原することを基本とし,東北以北最古のエレベーターを保存するため,塔屋部分を5階建のまま残しています。
このたびの改修を契機に,新たな活用を通じて,西部地区の賑わいと潤いを創出するため,情報発信・市民交流・市民活動支援の機能を持つ「地域交流まちづくりセンター」として,平成19年4月に再生しました。
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