はこだて外国人居留地研究会 研究報告会「1854年箱館 そこは米国ペリーと
露国プチャーチンが熾烈な外交戦を展開した舞台でもあった」がまちづくりセンターで
開催されました。
報告会では、江戸時代末期に繰り広げられたペリーとプチャーチンの日本をめぐっての
外交戦、その渦中にあった函館の状況、当時の幕府の体制について、星野裕氏によって
紹介されました。
江戸時代末期に、ロシアとの外交交渉を行い、後に箱館奉行所の奉行も勤める
外交のキーパーソンであった堀利熙、村垣範正の両氏の外交の足跡を絵図で辿ったり、
樺太をめぐって、幕府とロシアとの外交戦は、はっきりしない状態だったことなど、当時の
両国の姿勢が分かりやすく説明されました。
また、ペリーとプチャーチンが函館を訪れるまでと、その後に向かう航路から
それぞれのお国事情や両提督の人物像が浮かび上がってきます。
ロシアとアメリカが函館を目指してやってきた理由や思惑などが面白く考察できる
内容でした。
by 斉藤貴美恵